年末年始に『いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学』を読み始めた。けっこう文字数が多くて先日ようやく読み終わった。
興味深い事例がたくさん出てくるけど結局のところ「忙しくて余裕がなくなると効率が悪くなる」ということくらいのことしか言っていないような気もしながら身に覚えのある事例に共感しながら読みすすめた。
忙しくて仕事のメールの返信が遅れたり説明不足になったりして、プロジェクトが間違った方向に進んでその修正のために余計に時間がかかるとかあるあるだなと思う。
忙しさが忙しさを生む。「今日の欠乏が明日の欠乏を生む」ということだ。
これは時間だけでなくお金がないときも同じで、借金の返済に追われて必需品の出費を惜しんだり通勤定期を買うお金がなくて都度払いになったりするとさらにお金がかかるようになることからも分かる。
欠乏が起こると限りある資源を大切にするようになったり土壇場の集中力が増したりと悪いことだけではないが、この欠乏が欠乏を生む悪循環に陥ってしまう危険性が問題だ。
そうなってしまう原因はなんなのか?これがこの本の主題であり、それは本人の怠惰や計画性のない性格が主な原因ではない。一度悪循環に落ちいると誰でもそうなってしまう環境の問題であるという主張に焦点が当たっていく。
僕自身はお金のかかる趣味がないのでお金が欠乏して不安になるというのは幸い未経験だ。なので正直、海外の露天商の例(朝にお金を借りて商品を仕入れ、夜にその日の売り上げから利息付きで返すことを繰り返す)みたいな生活者は本人の計画性のなさだろうとは考えている。
少し考えればどこかでぐっと我慢して貯金をつくり、借り入れなしで商いができる状態に持っていくだろうと。だから環境うんぬんは半信半疑なのだけど、これが時間の話で考えるといくぶんドキッとした。
仕事ではプロジェクトのリリース前に時間に追われて妥協することはよくある。学生の頃の定期試験では直前になるともっと時間があればよかった、もっと早くから勉強しておけばよかったと毎回思っていた。
成績は悪い方ではなかったのに毎回そんな感じだったので大多数の人は時間不足の経験があるはず。
これをお金の例で考えると、
普段勉強を疎かにしている=普段お金を節約していない
テスト直前に焦って頑張る=給料日前にお金がなくなり焦る
みたいな対応関係だろうか。
そしてもし試験直前に「もう1日あげますよ=借金できますよ」となれば食いついてしまう気持ちはよくわかる。
ダイエットで考えてもわかりやすい。仕入れのお金が貯まるのを5kgのダイエットとしたとき、5kg痩せるまで食事制限できる人はほとんどおらず途中でやめてしまうだろう。
そう考えると、借金生活者に石を投げていいのは試験前に時間に欠乏しなかった人やダイエットに成功した人だけというわけだ。
まあ、試験の結果が悪かったりダイエットに失敗したりしても貧困ほどは困らないので、そのことと普段節約できずに借金をしてしまうことはハードルがかなり違う。だから借金生活の問題が環境のせいというのはやはり半信半疑なところはある。
ただ、貧しい農民が農作物保険にはいらない例は、いま自分がどれくらい災害に備えているかと考えるとやはり馬鹿にできないし、肥料を買うお金がなくなって生産性が落ちるのも試験直前までなんだかんだと勉強を開始しなかった自分と重なるところがある。
まだまだ時間はあるからと遊んで、そろそろやるかというタイミングで別の何かが起きるとずるずると勉強時間が削られていく。貧しい農民も肥料を買うお金は残しておこうとする意志はあったのだろうと気が付く。
豊かなときに備えるのは難しい。少なくとも中学のときの自分には難しかった。
欠乏による処理能力への影響の観点も興味深かった。何か不安なことがあるせいで仕事や勉強に集中できなくなった経験は誰しもあると思う。不安なことだけでなく体調が悪いだけで処理能力は落ちるし冷静な判断もできなくなる。
何かに集中して取り組むにはそれなりの良い状態が必要だ。
貧困におちいると不安だけでなくあれやこれやとやることも増え、マルチタスクになるぶん処理能力が落ちる。貧しい人が能力不足なのではなく貧しくなると能力が発揮できなくなるわけだ。
自制心が消耗品だという性質もおもしろい。自制心は働かせると筋肉のように消耗し効かなくなるらしい。これも身に覚えがある。今日は禁酒しようかなと思っていても仕事で心が疲れた日は抑えきれないときがあるのはまさにこれだろう。
貧困者は普段から節制している分、少しでも余裕ができると抑えが効かなくなるのだろう。だから余計に貯蓄は難しくなる。実際に露天商に必要なお金を渡すとしばらくは借金をせずに生活するがそれ以上の余裕が持てず、不意な出費が原因で元の借金生活に戻っていってしまうとある。
自制を働かせるだけの最低限の満足を得るのに日々精一杯で貯金まではできないのだろう。
この問題を解決するには何かあっても悪循環には陥らないだけの貯金以外の別の備え、つまり不意な出費に対する保険のような仕組みが必要だ。
そしてそれは比較的豊かなときに決断する。
普段から仕事をパンパンに詰めずに予備日を儲けておく方がいい。試験勉強なら試験日よりも早く学習を終えていられるよう普段から強制的に行えるような環境を作る方がいい。欠乏してからではなく、欠乏する可能性があることには先に備えておく必要がある。
たぶんこの本を読んで一番ためになったのは貧困者や怠けているように見える人の見方が変わったことだろう。何かしらの欠乏が起きていると人は処理能力が落ち、自制心がなくなり目の前の問題にしか注意が向かなくなる。そしてそれが原因で悪循環におちいり抜け出せなくなる。
うまくやれている人とやれていない人の境界付近の能力差は考えていたより少なく環境次第で立場は入れ替わる。現状はただの運なのかもしれないと考えさせられた。
少し極端かもしれないけど例えば同じ人でも環境(チームや部署)が変わると態度や周りの評価が良くなったり悪くなったりと激変するところをたまに目撃する。
ちょっとした違いがきっかけで良循環と悪循環のどちらかに入っていくのだろう。
逆に貧困の問題で100人いて100人が同じ状況に陥っているようなら一見解決の手立てがちゃんと用意されているように見えてもそれは本人ではなく環境の不備の問題なのだ。
この本を読んだ後に一週間ほど生活するなかであらためて処理能力や自制心を意識すると本の内容がより理解できてきた。確かに残業していると思考がにぶるし疲れて帰るとお酒を飲んでしまう。今日は飲まない方がいいなとわかっていても甘えがてでしまう。
人は思ったほど強くなく最低限の満足が足りていないと目の前のちょっとした快楽のために不合理に行動してしまうのが実感できた。
将来のことと目の前のことは同じものさしで測れないのだ。いま足りていない何かはたとえ高くつくことがわかっていてもいま補いたいのだ。いまこれ以上気持ちを落とすわけにはいかないのだ。
未来の幸せをいま感じられないのなら今を幸せにするしかない。逆にもし未来の幸せをいま感じられるようになったらいっきに行動は変わるかもしれない。
また、仕事や生活の中で難しい判断や自制が必要な場面を減らすように行動する方が良さそうだとも思った。処理能力を温存・コントロールすることでより重要なことに当てることができる。
例えば苦手な人に連絡する必要があるとき、メールで連絡すると返信があるまで不安になりそわそわして仕事に集中できなくなることがある。もしすぐに返事がもらえる方法やタイミングがあるならそちらを選択するべきだろう。
不安になる時間を自ら増やすような行動をこれまではしていたのかもしれない。
P.S.
時間にそこそこ余裕のある人でないとそもそもこの本を読むことができない気がするけど、忙しい人にこそ読んでほしい内容だったのでレビューした。
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